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千昌夫ショー!

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北海道の片田舎で芸能人に会う機会も殆ど無いワシが、唯一、逢う事が出来る(かも知れない)日、それは年に一回、定期的に町ぐるみで歌手を呼びコンサートを行う日である。 僕が物心付く頃には行われていた。田舎町とは言っても今より昔は景気が良かった。毎年、高いお金を払って歌手に来てもらうのだから今では考えられない事だ。 このショーを見に行く為には町で買い物をしてクーポンを貯め、一定数になると招待券が貰えるのである。 ワシの親戚にお寿司やさんが居てそこのお店にも町からクーポンが配られていたがお客に出す事も無いからと親戚に配っていたのだ。だからそれで良くショーを見に行った。 しかし入場時にどこかのお婆ちゃんが必死に貯めたであろう、黒ずんだクーポンを貼った台紙を握り締めている姿を見ると、切なくなり、親戚から切り取られてもいないまっさらな一枚綴りの新品クーポンを持っている自分が酷く悪人のように思えた。 しかし行くのである(真の悪人) 


その年に来たのは「千昌夫」 当時、北国の春で一世風靡し、第2期黄金期を迎えていた正真正銘の人気歌手である。小学生のワシでさえ心がワクワクしたのだ! しかし多忙故か、公演前、スナックのおじさんから「千昌夫は風邪を引いているらしい」という情報が流れた。そのおじさんは千昌夫誘致の交渉にも携わっていたので確かな情報だった。 うちの親父とも仲が良かったので情報が届くのだ。「千昌夫ショーも中止になるかも知れない」という話もあり、当日はピリピリムードで町のスポーツセンターに向かったのだった。

 ショーが始まった。 最初は前座の女性3人によるコーラスとダンスショー! 踊りながら「ハッハッハ フッフッフ ハ~」などと言ってるのだが、最初は物珍しくも見ていたが、10分、20分、30分と終わる気配が無い! 噂は本当だった。 千昌夫の体調が悪く、前座が目一杯、引き伸ばしているのである。 千昌夫を期待してきた客は戸惑っていたが黙って聞くしか無かった。 しかし 事件は突如起こった。

「もう 止めろ!」と隣の親父が怒鳴った。 ガガガ~ン! ワシの親父だった。「お父さん!やめなって!」と止めたが、またしばらくすると「もう止めれって!」と、とどめを差した。 その瞬間舞台上の3人のコーラス女性が固まった。程無く顔を引きつらせ帰っていったがどんな思いで下がったか可哀想でならない。 ホントに申し訳ないと死んだ親父に代わって謝ります・・・

 そしてやっと出てきた千昌夫! 会場は大盛り上がりだったが、やはり声はガラガラで高音が出ない。それでもショーは盛況のうちに終了した。 しかしスナックのおじさんは「冗談じゃない!」と事務所側に支払う金額を大幅に値引きさせたという話である。 それにしても心残りは3人の女性だ。 今はどうしているだろう。あの忌まわしい記憶は残っているだろうか?
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昭和歌謡

今日は昭和の日。いっそ今日だけは昭和の曲しか放送してはいけない法律でも作って欲しいもんである(無茶である) 昭和歌謡とは言え、ワシの生まれた年代では主に70年代歌謡が思い入れが強い。リアルタイムで聞いていた頃はさしたる思いも無かったが、年代が進むに連れ、いいと思える曲が無くなり時代に取り残された感が体に充満していった。 今になって「あの歌手の全盛期にコンサートに行きたかった」と心底思うのだ。全盛期は無理にしても、機会があればコンサートに行こうと思ったのはつい最近である。 だからもう歌手が50~60代になってしまっている。それでも当時の雰囲気の欠片だけでも味わいたいと行くのである。もちろんがっかりする事もあるがそれも仕方ない。ただ、曲調、歌い方まで極端にアレンジされている場合は割り切りようの無いほどガッカリする。歌手側はそれこそ何千、何万と歌い続けているのだから自然と歌い方にも癖が付く事が多いし、アレンジもしたくなるのだろう。しかし当時のファンとしては当時の音で聞きたいのだ。下手に生オケでアレンジするのなら全て当時のカラオケでやってもらいたい程である。それでももう残された時間は少ない。少しでも多く昭和歌謡の歌声を生で聴きたいものだ・・・

昭和の日

今日は昭和の日だ! とは言うものの個人的には「天皇誕生日」のほうがシックリくるな。 自分も昭和の人間だと言う思い入れは強いがたかだか1/3しか昭和を生きていない。微妙な年代だ。もう少しだけ早く生まれたかった感じはする。長島の現役時代を楽しみたかったし、王選手だって後半しか見ていない。学生運動も体感して見たかったし、フォーク、4畳半生活、もっともっと昭和を味わえたはずだ。スカイライン、フェアレディZ,素晴らしいデザインの車にも乗って見たかった。それでもなんとか昭和に生まれて幸せだったと思う。 今の子供に昔ほど楽しみ、希望はあるのだろうか? 

ウイークエンダー

すっかりエロブログになりつつある今日このごろ。 エロ番組と言って外せないのが「ウイークエンダー」である。 土曜の10時から一時間、事件のレポートを送る番組であった。なぜにエロかと言うと「再現フィルム」があるからだ。毎週、一つの事件だけ「再現フィルム」があり、事件の一部始終をドラマ仕立てで放送するのだが必ず、エロシーンが入るのだ。もはや事件と関係あるのか謎だが、もう理由など必要ない。エロが見たいのだ。という訳で親にこっそり見たいのだがなんせ部屋が狭く親の隣で寝ていたクソガキに試練は多いのであった。まず番組オープニングは狂ったようにホーンを吹き鳴らすトランペットのハイトーンが嵐のように吹き荒れるのだ。とにかくウルサイ!これでは親が起きてしまうではないか! 地獄のような音楽を乗り越えると、次は興味も無い事件レポートを乗り越えなければならない。油断するとここで寝てしまう可能性もある。トップバッターは桂朝丸だ!今とまったく変わらないぶっきらぼうな語り口で笑わせてくれる。次はすどうかづみだ! この人も面白い人で退屈せずに聞いていられる。そして番組中ほど、ちょっと物静かな女性が出てきた時!それが「再現フィルム」コーナーだ!!! もう期待に胸がはちきれそうだ! 最初はかなり興奮して見ていた「再現フィルム」も回を追う毎に内容がソフトになってきた感じがする。 クレームが響いたのだろうか?内容は今となってははっきり覚えていないし、大した内容だとも思わないがビデオも無い時代、眠い目をこすりながら必死に見ていた「ウイークエンダー」はまさしく昭和の香りがする番組だった。

独占!男の時間

そんなこんなで(どんなんだ?)性の目覚めも早かったワシだが、昔はTVも刺激的だった。あれは小学校1~2年だろうか? 土曜の夜中まで珍しく起きていたわしは、布団の横にある白黒TV(ねずみのかじり跡付き)をガチャガチャいじっていた。隣には両親が寝ていて暗い部屋にTV画面の光がぼわ~っと輝いていた。すると「独占!男の時間!」という絶叫とオッパイが画面一杯にゆっさゆさ!わしは「おおおおおお!!!」と心で叫んだ! オッパイが一杯だ!。(こんな童謡あったな) しかしそんな動揺が伝わったのか親が起きてTVを消してしまった。がががが~~~ん!! このモヤモヤを誰かに告げようか~(悲しくてやりきれないだったっけ?) 昔はこんな男向けの番組が多くていい時代だった。 家のゴミ箱にはなぜか外人ヌードの写真があったし、車屋さんでくれるカレンダーもヌードが多かった。女性週刊誌はエロ情報満載だったし昔に戻りてえ・・ ちなみに次の日の朝親父から「お父さんも見たかったなあ!」なんて言われて恥ずかしい思いをしました・・

デカパイを吸うジュリー

これほど酷いタイトルはあるだろうか? 全く意味が判らないでしょうがこれは昔、母の読んでいた女性週刊誌に載った記事のタイトルなのです。 僕がまだ小さい頃、母の週刊誌に河童のミイラの記事があり興味津々で見ていました。「おーすげえ! 本物かなあ!」と見ていて、そのうちページをパラリ、パラリ捲っていると衝撃の写真が目に飛び込んで来ました!「デカパイを吸うジュリー!」 写真は映画のワンシーンの外人女性と裸で絡むジュリーでした! ジュリーが外人のでっかいオッパイに吸いついてる写真でありました!「ががが~ん!」 もう僕は河童どころではありません。(^^) 幼いながら物凄い興奮が僕を襲ったのです。子供のくせに「オッパイ吸いて~」と思ったのです。それ以降、その写真が忘れられなくなり、「河童見ようかな~」とワザとらしく言ってはデカパイ写真を見ていました。昔は、週刊誌や新聞や、TVでも女の裸は良く出てきました。いい時代だったなあ~。

携帯なんて無いからさあ!

ワシのスナック時代は3~5才の頃だ。毎日、ドロドロになって遊んでいた。だいたい、近所の子供連中と遊んだり喧嘩したり「お前のかーちゃんでべそ~!」なんて言っていた。(しかし誰が言い出したんだろう?) 門限は夕方5時だった。あの頃はやたらと夕焼けが綺麗に見えたものだが実際は今と違うのだろうか? ある日、5時近くなった頃、遠くから「バ~ン!  バ~ン!」と爆発音が聞こえてきた。音の鳴る方へ言ってみるとなんと我家から爆発音が聞こえるのだ。曲がり角を越え、我家を見るとなんと母親が2階の窓から2B弾(クラッカー)に火を着けポーンと投げて爆発させているのだ。「なんでクラッカーやってんの?」と聞くと「あんた呼ぶ為だよ」と笑って言った。 携帯の無い時代はこういう連絡方法もあったのだ。 いまじゃ近所迷惑で事件になりそうだけど^^

スナックで育った子供

ワシが物心ついた頃、実家は小さなスナックだった。 まるでパープル・シャドウズのようだ。 一階がスナック、2階が住まいだった。 しかし環境の悪い所に住んでたものだ。 母親がスナックをやり、父は公務員だった。まったく奇妙な家族だ。 2階に一人居るととても寂しく、母が帰ってくる12時頃まで毎日、起きて待っていた。 2階の床からジュークボックスの音がボンボン響く。たまに酔っ払いの怒号。ワシが酒嫌いなのもこの影響かも知れない。母が仕事を終えて2階で化粧落としをするころTVでは「プレイガール」をやっていた。ドキドキしながら横目で見ていた。 もう性に目覚めていた^^ この家ではいろんな思い出があった。お店に人が居ない時はメロンシロップを薄めてジュースにして飲ませてくれる事は楽しみの一つだった。 近所には同じくらいの年代のスナックの子供もたくさん居て毎日ワイワイ騒いだもんだ。喧嘩もしまくったがあの頃はほんとうに楽しかった。 今の子供や自分の息子を見てると「なんだか可哀想だなあ」と思ってしまう。 融通の利く時代だった。

草なぎ剛 公然ワイセツ

なんだかもう大騒ぎである。 酒に酔って一人で騒いでたのだから大した問題でも無いと思うが普段イメージが良い人であるからダメージは大きいだろう。別にスマップのファンでも無いからなんとも思わんが家宅捜索まではやりすぎのような気がする。 これが江頭や井出らっきょだったらさしたる話題にもなってないかも知れない。 自分も気を付けなければ・・ しかしこの件で鳩山邦夫が「絶対に許さない、最低の人間」と激怒しているが、あきれて笑うしかない。 アルカイダの友達の友達に言われる言葉ではない^^よりによって政治家に「最低の人間」などと言われてしまうとは本末転倒だ。 自分が国民からどう見られているのか理解出来てるのだろうか? 税金を湯水のように使い、税金の出所である国民に対してなんの策も持たない七光り息子の集まりが他人を「最低」とはよく臆面もなく言えるものだ。選挙の時だけペコペコ挨拶するが、自分が食って行けるのも税金のお陰だと判っていれば道端ですれ違う人々に「いやあ いつもお世話になっています。 あなたのお陰ですよ!」といちいち言って欲しいもんだ。

山口百恵 衝撃の「美・サイレント」

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それはそれは衝撃の新曲だった。 百恵ちゃんの「美・サイレント」。ワシが小6の時、TVを見ていたら山口百恵が新しい曲を歌っていたのだ。 画面の下には歌詞のテロップが付いており何気にそれを見ていた。すると衝撃の歌詞が目に飛び込んできた!「あな~たの~ ○○○○が欲しいのです~」ドガビ~~~ン!!! 「○○○○って・・・・ わなわな・・・」 一気に我が股間が熱くなったのは当然の事である。 しかもその後「燃えてる~ ××××が好きだから~」ときたもんだ! うひょ~!と心の中で叫んだ! 「○○○○って絶対!チンポコやん!」もう興奮は抑えられないのであった(アホである) 頭の中で妄想の嵐が来た!それは「赤い嵐」よりも遥かに激しいものだった。「あなたの~ ちんぽこ~ が欲しいのです~」と清楚な顔した百恵ちゃんが歌っている・・・ もう股間はカッチカチである。(幸せもんである) しかし2番はもっとすごい!「生きてる~××××が見たいから~」 もうエクスタシーの頂点である!(ほんとバカだな) 百恵ちゃんにならなんぼでも見せたるで~!と関西人でも無いのに叫ぶのである。 しかし「女の私にここまで言わせて・・・じらすのは楽しいですか?」なんて思わせぶりな歌詞は確信犯である。作詞家の阿木燿子さんは流石である。 さすがに百恵ちゃんも気まずいのか○○○○の部分について「情熱と歌っています」というコメントをしていた。しかし当時のバカガキは「んな訳ねえじゃん!絶対チンポコじゃん!」と譲らないのであった。その後しばらくは夜のおかずになったのでありました^^

電気炊飯器

わざわざ電気なんて言う辺りはさすがオヤジである^^ 炊飯器を見て思う。早炊ボタンの意味を。いや答えは簡単だ。早く炊けるのだ。頭いいなワシ。(ふざけんな) なんか噂でも聞くしTVでも言っていたのだが「早炊きの方が美味しく炊ける」 本当なのだろうか? じっくり比べた事が無いから判らんがさして変わりが無いような気もする。 しかしこれが本当ならば相当に問題だ。 炊飯器の常識が吹っ飛びかねない大問題である(みなさん適当に聞いて下さい) もし本当ならば素晴らしい事である。早く炊けるしその上美味しいなんて言う事なしだ。 しかし、それでは通常炊はどうなるかと言うと「遅く炊ける上に不味い!」これは衝撃である! これが事実であると通常炊ボタンは何の意味があるのか? そう思うとダメオヤジのワシとしては親近感すら覚えるのである。 こんな意味の無いスイッチがある現代はまだまだ捨てたものでは無い!!

深イイ話やら泣ける歌やら

何やら似たような番組が多い。たいして興味ないから殆ど見て無い。だいたい、タイトルからしていい話だ、泣ける歌だと言われるとヒネクレ者のワシとしては「あ~そお」と文句の一つも付けたくなるのであります。そりゃあホントにいい話かも知れんし、いい歌かも知れない。でもあの司会者、ゲスト陣のインチキ臭い感動、涙を見せられるだけでゲンナリである。 逆にここに取り上げられる事でとても軽い感じに受け取ってしまうのはワシだけでしょうか? 若い頃はそうそう泣く事も無かったし、TVでやたらと泣いて歌っていた吉幾三(俺ら東京さ行くだの頃)を見てなんであんなに泣けるんだろうと思ったが、今この歳になると意味も判るし、涙が出やすくなったもんだ^^ しか~し、最近その手の泣き番組では全く感動しないのである。出演者の涙が濁りまくっているのだ(いいのか?決め付けて) 涙で思い出すのが「徳光和夫」だがほんとにインチキ臭い。ホントにインチキなのか泣き方が下品なだけなのかは知らんがどうしても計算高い腹の中が想像されてしまうのだ。昨日偶然ラジオで徳光さんが出ていて「フリーになって20年、計算しない事でやってきた」と言っていたがあの泣きはどう見ても計算である^^ でもタレントだからしょうがないのは判る。スタジオに行き泣かなければ次の仕事は無いだろう。(そりゃそーだ) しかし、何が下品かってタイトルに「泣ける! 深イ!」なんて臆面も無く入れるあたりが一番下品である。

清水由紀子さん

 今朝TVを付けると清水由紀子さん自殺の衝撃ニュースが流れていた。 すごくファンという訳では無かったがショックだった。 1977年デビューという事だが1977と言えば昭和オヤジのワシが一番大好きな年、マイフェイバリットイヤーなのだ(こういう言い方で合ってるのかな?) この頃日曜の午前はスター誕生を見るのが決まり事だった。 当時小学生のワシは日曜に起きるとTVをよく見ていたっけ。時期は曖昧だけど、マチャアキ海を行く 生き物ばんざい! ミユキ野球教室 第三の目 午後になるとTVジョッキーという大御所も控えていた。 当時の田舎の日曜は家に居る事が多かったと思う。 車を持ってる親父は出掛けていないから、ドライブなんて無理だ。母親で免許を持ってる人も滅多に居なかった。 お店も日曜では休みが多かった。 TVも今時代より、日曜は充実していたように思う。 そんな中で清水由紀子さんはスタ誕時代からデビューまで見ていた記憶がある。 1977年当時にしても少し時代遅れな感じのフォーク娘という印象だったが、周りと差別化があって逆に目立っていた。当初から欽ちゃんとの絡みは共にお茶の間を和ませるいいコンビという雰囲気でホッとさせてくれた。 その後は大ヒットは無かったが明るい雰囲気は「こんな嫁がいたらワシでも幸せになれるのでは無いか!」という悲しい幻想を抱かせてくれるには充分であった。昭和の時代の人が悲しい結末になってしまって残念だなあと思った。

全国のダメオヤジ達よ 疲れてないかい?

 ワシは北海道の片田舎に生まれた今で言うアラフォー世代のオヤジです。 現代の流れには全く付いていけず地味な毎日を繰り返す日々。それでも良いと思うワシは、バリバリ仕事をこなせる訳も無く、毎月の支払いに追われ、通帳を見てはため息をつく妻を見ているとどこかに逃げたくなります^^しかし困ったもので家に居る事が大好きなワシは仕事以外は家でTVを見たり、ネットをだらだらやっております。そんな姿を妻は蔑んだ目で見ています。でもしょうがない。こういう人生が自分に合ってます。全国のしょぼいオヤジ達よ!元気かい? 仲間になろう! (やだよ)^^ 
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